保土ヶ谷競技場、県庁社会人との交流試合は2-1で敗れた。
20分×2のみの試合ではあったが、インファン全ての選手が出場した試合であった。
僅かトップチームの選手は2人の出場(2名のみサッカー教室最後まで参加であったため)にとどまり、インファンの選手主体の試合となるが、相手は社会人であっても勝ちに行くという姿勢は崩せない。
大人相手にスコン、スコン変化をつけて外していく選手が仮にいるとすれば、是非SPFC(サンパウロFC)へ連れて行ってみたいものだけれど、中々そのような姿は簡単には見られることはできない。
この年代で桁外れに負けず嫌いで、例え相手が自分よりも大分、年上であっても負ければ物凄く悔しがっている選手がいるとするならば、その選手は面白い将来になるだろう。
ただ意識としては、まだ「社会人相手だから・・・」という諦め、満足感からか、そのようなしぐさは一向に見ることができない。
それは我々の高望みであるということは理解していても、意識はまだ一般的に並。この意識改革はこれからも続く。
サッカー以外のインファン選手の姿を拝見しても、まだ子供。
クラブに生き残りをかけて熾烈な戦い、競争がある緊張感とはほど遠い雰囲気を醸し出されると、一緒にニコニコしていられない心境にかられる。
それなのに目指す道は「プロ」という。「プロではなく風呂」なら解るが・・・。
確かにお利口だよ。しっかりと挨拶できるしね。
でもどうなのかな?何で挨拶しているの?本当に自然から出ているものなのかな?以前はコーチにしかしていなかったけれど最近は関係者にも挨拶をしている光景が自然にもなっているようにも思う。
挨拶なんて人間同士のコミュニケーションだからごく自然のことだし当たり前のものだから、本当は褒めるような次元の問題ではない。
要はサッカーにおける基礎を普通にやるということと同じこと。
仲良しが集まって、芝生の上でボール蹴りを楽しんでいるだけの雰囲気では本来の目標には近付くことは難しいかな。
年齢の差はあるけれど、まだ全員同じスタートラインに並んでいるという感じで誰も頭1つなどトータル的には出ていないのが現状。
これも厳しいものを夢見、目標にしている上ではごく当たり前。
世界ではとてつもなく厳しく
過酷な篩い(ふるい)が毎日のようにかけられているということを何も知らずに夢見て、コーチのいうことを親の小言と同じように受け取る選手がいるならば、それは却って幸せなことなのかもしれない。
この年代での意識改革は今、日本の育成で1番試みなくてはならない年代。まさに最終段階と見ていい。
ボールを蹴ってればそれでいいというものではないから、それでいいと思えるならこれまた却って幸せなのかもしれない。
ほんの少しでも夢を見ることができたのであれば、次の人生にそれをつなげて欲しいと願えるからね。
とりあえず26名の中から誰が一人頭飛びぬけることができるのか?
あまり期待をしないでじっくり観察させて頂こうと思うよ。
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