インファンのメンバー、新1年生も少しずつ練習に参加し始め、4月から早々U15の公式戦もあるため、昨年のメンバーが人数の関係上、皆が即戦力になったけれど、新年度は1年生が2年を脅かして欲しいと思うよ。
さて、COJBの選手達は目標も高らかに、プロを目標とし日々それになるための勉強をしているのだけれど、もう少し広い受け皿で考えると、一社会人になるため、逞しく自立していける人間をサッカーを通じて学ぶ場、そのためには1つ目標を掲げてそれに沿って日々生活して欲しいということでCOJBの場合はサッカーになるという考えもできる。
むしろ、前者のプロよりも、後者の方が可能性は限りなく高く、近い将来そうなっていくものであるからただ単にダラダラと過ごし生きるのではなく、事前準備をしていくというものというものになる。
一社会人を目指すなら、ある意味、のんびり気長に流していくのが普通だと思うけれど、やはりサッカーを目指しているのであるから、早い年代から意識を作り上げていくことは大切だという前提で活動しているのは間違いない。
ただ、同じチームのメンバーの中でも、当然個人差、温度差はある。
ほんの一例だけれど、昨日の田奈高校では4時間のグランド枠があったので割りと時間を割くことができた。
そこで、先週の練習に2回無断欠席をした選手がいた。
規律も自覚を持たせて行くなかでは大切な分野だけれど、ある意味、遅刻なども重ねてやっている選手であるので、プロを目指す集団とだけ考えるのであれば、厳しいのかもしれない。
端的に言えば、手間のかかる選手なのかもしれないね。
でも、冷静に考えてみると、どうなのかな?
というのも、この選手の場合はたまたま遅刻、無断欠席などがクローズアップされるけれど、他の選手は果たして手間がかからない選手?人間なのか?というと、全然そうでないことに気づくのだね。
例えば何度言い続けて来ても、未だに喋らないし、声もでない選手もいるし、取り組みは真面目だけど、真面目一辺倒で変化に乏しい選手もいるし、臆病で自信がなさそうな選手もいる、ピッチ内よりもピッチ外の方が元気な選手もいるし、よく一人一人を視ていると、問題というより、未完成な人間ばかりであることが解るのよ。
遅刻の常習犯選手はたまたま「遅刻」というタイトルがつくけれど、他は「無口」、「人前でコメントができない」とタイトルはいくらでも出てくるから、その選手だけが問題視されること自体が問題なんだと思うよ。
「未完成」だから面白い。これが全員完璧なお利口であれば、指導なんてつまらないものだよ。そうでないから面白いんだ。
指導者、親の理想通りにならないから指導者も死ぬまで勉強だと思うんだね。
だからね、悲観など一切する必要はなく、却って色々な良い面悪い面が露骨に出せる人間こそ、一度目覚めると大きく成長したりする。
何も出さないで、隠れ隠れやっている人間は却って不幸を招く場合がある。若い内にどんどん、恥をかいて、気づかされて、修正していくことにより、大人の年代になった時は本当の大人になれる可能性が高いと思うよ。
とかく、クローズアップされている人間だけが「悪い」ような言い方をされたりするれど、本当にそうか?って私は疑問に思うよ。
遅刻も同じ事を何度も言われているけれど「声を出さない」ということだって遅刻とは種類が違うけれど、やはり何度も言われている事柄だから、例えばそれを「問題児」としてしまうならば、声を出さないのも問題児扱いになるのだよね。
遅刻癖を直すよりも時には困難かもしれないからね。
「声を出さない」というのは単に「ファイトー」とかいう掛け声の問題ではないから勘違いしないで。肝心な事を伝えないということも含まれるんだな。
でも、それが悪いというのではなく、逆にそうでないと、指導者の存在の意味がなくなるというものなんだねこれが。
「己のミスは己で修正する」それはプレーでも、生活面でも共通して心掛けていかなくてはならないね。
そう考えれば、平気で人を傷つけたり、殺してしまう人間を形成するよりも、していいミスならどんどんやり、自ら考え、修正していく姿勢を習慣にしていければ、素晴らしい。
自分は真面目にやっているから、その対象ではないと思っていても
単に自分には解っていないだけで、人から視れば全く違うように視える場合がある。パーフェクトは当然、パーフェクトに近い人間なども存在しないから、人生死ぬまで勉強といっていると思うね。
ミスしても頭を垂れる必要は無い、直ぐに頭を切れかえられる訓練をして行こう。ミスは自ら修正して行こう。
前向きに捉えて行くことだよ。
2008年03月11日
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