本日11/11日
昨日の練習試合が雨でグランド不良のため中止になったのは残念だった。
プレミアカップの調整試合としては一試合やっておきたかったね。
さて、本題だけど本日地域の活動に参加させて貰った。去年まではトップチームの選手達が参加し、今年からはインファンの選手達にやってもらうことになった。
あのような場所に参加するということは大きな意味をもたらすということが改めて感じることができたよ。
普段の練習ではほんの2時間程度のコーチ達とのつきあい。
このような機会は合宿などと同じように一緒に時間を共有する時間が長い。長いということは、良くも悪くも「さらけ出す」シーンがより多くなるということ。
普段見え難い部分が判ってくるというもの。
そして、若ければ若いうちにどんどん恥をさらすべき。でも家にこもっていたら何も見えてこない。決して、恥をさらすことが人間的に恥じなのか?と言えばそうじゃないでしょう?何も出さずに隠している人間よりよっぽどいい。それは歳をとればとるほど隠したくなるし、また見え難くなるし、周囲も助言してくれなくなるからね。
だから、若い頃に修正していった方がいいの。
こんなことがあった。イベントもまもなくクライマックス。建物の2階からお菓子やお餅が撒かれるという。大人も子供も混ざって懸命に餅を拾う大人数だ。
その中で、インファンの選手も参加していたが、なんとあの人ごみの中、傘をさして餅やお菓子を拾っていた選手が数名いた。アイディアとしては悪くないが、傘の先が人に刺さったらどうするのか?というものだ。と周囲で同じく餅撒きに参加していた人が思ったことを私にいってくれた。COJBのポロシャツを着ているから目立つよね。
いまどきの中学生にしては物凄くしっかりしている。と褒められたのが良い面、逆に餅を拾うのに必死になってしまったばかり周囲のことを考えられていなかったのは悪いというよりも不備な点、勉強な点であったということだね。
最後の片付け、みんな頑張っていた。舞台の木材を運ぶのに、木材ばかりに気を取られて周囲が見られていなく、人にぶつかりそうになることは極僅かな注意力。
またもっと大切であったのは、COJB主催のブースで「サッカーボウリング」をやり商品付きで1回100円というものをやった。一人の選手は通常、中学生が持ち歩くお金以上を持っていたと思う、お目当てのTシャツ欲しさに何度も何度もお金をつぎ込み
結局Tシャツを手に入れることができなかった(苦笑)
さて問題はここからである。その選手はどんどんやけになりお金をつぎ込みながら、側にあった車で販売している「揚げパン屋」に行き、次々に揚げパンを食べる、一つ100円也。他の選手は食べる選手で一度が限界だが4回も食べる。本当は支給された弁当もあったけれど、その選手だけボウリングに没頭してその存在にも気付いていなかったようだ。
僅か13歳で、お金を使う人ことを躊躇せずに使う。しかも自分が稼いだお金ではないのにだ。これは、指導的には流せない一面だよね。
本人のお金をどうしようと本人の自由といえば自由なのだが、大切なのは周囲に対して気を配るということも大切だよね。お金があるからバンバン食べたいもの平気で食べるけど、お金を持っていない仲間に「おごる」という方向の発想ではなく「仲間も食べていないから我慢する」という我慢も必要だと思うね。仲間もお金があれば本当は食べたい場合があるからね。
また逆に、周囲の仲間がどうも「あいつの行動は可笑しいな?」と思ったら、その人間を茶化すのではなく、勇気をもって真剣に助言してあげることも大切だと思うよ。
あのような光景を通常イメージするのは所謂「たかり」だよ。我々の時代にもいた。
グループにお金持っている仲間がいて、なんとかそいつに好かれて奢ってもらうようにして、たかっている奴を。でもそこには、大切な友情など微塵もない。ただそいつが唯一の「身近な大蔵大臣」に見え、それに群がるハイエナというイメージだ。
今のところインファンにはそんな光景はないと思うけど、
お金を持つ人間、またそれにたかる人間が大人の見えないところで行われていてしかもそれがサッカーチームであったなら問題だよ。
何でもそうだけど、物事は黄色信号になる前にうっておかないと後々厄介なことになるものだよね。だから嫌われても助言していかなければならないことはこれからも数多くあると思う。
試合でもそうだよね?明らかに気持ちが入っていなく、一選手はドロドロになり汗をかいてグランド走り回っているのに、一選手はシャツが綺麗、その選手に対して何も言わない。
「見て見ぬふり」をする。こんな社会が子供の世界で普通なら、大人の社会はそれは普通のこと。子供のうちに修正しておけばもう少し、はっきりとした世の中になるのではないかな?同じスポーツをしている仲間に対して何も言わない仲間なら、スポーツが果たす本来の役目はそれることになるよね。
今回の事で、大切なのは結局、お金を持っていること自体が本来の問題ではなく、当事者だけでなく、それに関わっている仲間が、その行動を見てどう感じ、どう対処するのか、周囲に対してどれだけ気を配れる人間になっていくか?普通でないことがあたかも普通であるかのように事が流されたり、笑って過ごされたりしては、己も成長しないということに気付いてもらいたいということかな。グランド内外で間違いが起こっていて、それを誰も気付かなかったり、気付いていても言わなかったりしてはチームとしての成果も勿論でないと思うよ。
だからインファンで起こること良いこと悪いことが多ければ多いほど、選手、コーチら関係者がみんな勉強できることであるから決してそのような出来事がマイナスであるとは思わないのよ。
むしろ将来にとっては明るい出来事なの。何度も言うけれど勉強できるからね。
だから「誰が悪い」ではなく、皆で言い合ってそれぞれが成長していくのよ、サッカーを通じてね。
そんなこともあり、サッカーだけの世界ではなく、社会勉強として一般の人とも触れ合う時間を作り、人間としての幅を広げて行く機会はこの年代からも、十二分に必要ではないか?と改めて感じたよ。このような環境を作って下さった方々、また色々な勉強材料をくれた選手達にも感謝したい。
社会に出る上でも選手達には必要な協調性や思いやりを、FUTEBOLを通じて学んで欲しいですね。
残念ながら、『大人に怒られるからおとなしくする』とか、そういった自分の損得勘定で外見だけのお行儀の良さしか見えないチームもあるのも現状です。
『失敗しなくては学べない』こともあると思います。
そういう意味でも選手達が学ぶ環境は練習以外にもたくさん作らなくてはと改めて思いました。
tomoさん残念ながら、この年代が1番知恵が色々付いてきていい面と悪い面で出てきますね。
残念ながら・・・というのは、これらの面が見過ごされガチな年代でもあります。もう親の言うことも聞かなくなる年齢なんですね。
指導者、尊敬されている先生、塾の講師etc.が子供の良き理解者になり、時には厳しい苦言も吐かなくてはなりませんね。サッカーの指導だけで片付く世の中ではなくまりましたね。
失敗する環境を避けるよりも、失敗する環境に敢えて選び突っ込んで恥をかく。そして同時に指導者も恥をかく。そしてまた成長ですかね。