2008年04月18日
スポーツマンである前に人としてどうであるか?
都田の芝グランドでの練習。まだ怪我で復帰できない選手もいるが、反面を使ったゲーム、また練習後のミーティングでのこと。
COJBではサッカーで目標を持って目指している以上、やはり実際のプレーについての話し合いだけでは収まらない時が常にある。
それは今も昔も変わらない。
一緒に目標を持っている仲間が不可解な行動や言動をしていてそれを見て見ぬふりをしていた時に、その行為をした本人だけでなく、結局自分にいい結果は生まれないことが多い。
より、もの事に対してストイックで真剣なだけに生まれるごく自然な討論なのかも知れない。心の内に溜めずに言いたいことをはっきりとぶつける。こんな環境は、社会に出たときに果たして自由にできるものなのであろうか?と考えた時に今だからこそ、今しかできないことを徹底して追い求めて、自分達自らお互い、ぶつけ合い、刺激し合い日々奮闘して行くことで人間的成長も促すことができるものだと思う。
刺激のない環境にいくらいても、成長は中々促すことはできない。
どんな人間でも何かしら刺激を求めて普段生活しているはず。
また自分は刺激が必要であるということをあまり気づくことができない場合もあると思う。
ただ少なくてもスポーツの世界で生きていこうとする人間であれば、常に刺激を追い求めて日々奮闘していくのはこぐ普通のことだ。
「お前どうなんだ?おかしいと思わんか?」という具合にね。
COJBで歴代、目指して来た者達はこれらを懐かしく思うだろう。
自分の弱い部分に触れられた時、中々素直にそれを受け入れることができない自分がいるに違いない。
1対1で個人的に言われる時、周囲の前でそれを指摘された時などとかく人間は、周囲と自分の立場を比較して、その受け答えに対して自ら壁を作ってしまうこともある。
自分が面前で恥をかいていると思い、その問題視されていることはさておいて己を取り繕うと必死でもがく。だが、そんなことは周囲からすれば何も面目を保ったことにはならにない。却って恰好が悪い人間に映るのだ。要は「見苦しい」ということになる。
自分で自分に気づいている部分とそのような局面にさらされないと中々気づくことができない場合も多々ある。
チームを引き締めていかなくてはならない時に今のメンバーで誰が引き締めていくのか?という事柄は何もチームのキャプテンという人間だけがやるものでもない。
その気のないプレー、闘う姿勢を見せない選手に対して容赦なく、指摘の言葉が入るのは極自然のことなのだ。
「いいよ、いいよ、次々!!」と流され、ごまかされる世界であるなら草サッカー、アマチュアチックな世界丸出しなのだ。
次なんてないの。今、その時、その時を必死で打ち込めない、闘えない奴に明日、次なんてない。
そんな話をするチームメイトの話を人事のようにニヤニヤする者に対してメスが入った。
「お前、何ニヤニヤしているんだ?」
明かに態度として「自分はやっているし・・・」というものが露骨に出ているが全然やっている内に入らない。
「何で人がお前に対して真剣に話をしている時に、お前はストレッチを続けている?」と繰り出すと当事者は「痛いから・・・」と繰り出す。指摘されてストレッチを止めると、今度は両腕を地面につけてふんぞりかえって話を聞いている。
明らかに、自分の非を謙虚に受け止めているような態度には見えない。挙句、「お前、今何を言われているのか解るか?」という言葉に「何をいっているのか解らない」と全く自らの非を受け止めようとしていない。
誰が締めるか?なんていう義務はない。ただ結局、自分が飛躍していける環境でなくては意味がないというものなんだ。
仲間が身体を張って奮起している姿に何も感じずに相変わらず、気のないプレーを連発している奴は本来、ピッチから出されるのは当たり前。そのことを流し、曖昧に処理するスタイルの中で何時間、事を進めても進歩などない。
何度も気のないプレーしている人間に「おい、どういうつもりだ!!」という指摘に対して「なんだよ」とやり返すのはいい。
で、次のプレーは?と拝見するとやっぱり気のないプレー。
えっ?今のやり返しは言われた「反動」か?指摘されたことに対してただ、むかついただけ?
次の瞬間、目を覚まし、奮起するならそのやり返しもいいだろう。
だが、次の瞬間奮起できない人間は「言われたから、カッとなって言い返しただけ」という発展性のないものになる。
人から自らのために指摘してくれている人間がいるのに、話を聞く態度、謙虚に構える姿勢がない者はスポーツマンである前に、一人の人間として疑われても仕方のないこと。
これは一般社会でも同じこと。それがただサッカーの世界になっただけだ。
真剣にサッカーを目指すということはこういうことではないか?
それが例え、プレーヤーとしてプロレベルに到達しなくても、それをやったことで、人間が磨かれる。互いに真剣であめからこそ、成立する世界だ。
大きなことを考えている者が、小さな集団もまとめることができないで何ができる。
そんなことをお互い刺激しあうサッカーチームがあってもいいだろう。サッカーに対する考え方が成熟していくことを願う。
またそれを見て、同じように闘う姿勢を身に付けていく下の年代の選手もサッカーというものの考え方をもう少し角度を変えて考えていけるようになって欲しいと願う。
COJBにも素晴らしい先輩達は割りと多い。

